日々のみことば 5月1日
〇 平安がないのに
○通読箇所 エゼキエル13〜14章
◇今日の聖句
このとき、あなたがたは、わたしがそこでしたすべてのことは、理由もなくしたのではないことを知る。
◇ひとこと解説
12章で、捕囚の現実は避けられないものであることが告げられた後、13〜14章では、なおそれを信じようとしない人々の姿と、それに対する主の態度が示されます。この部分は、続く15〜24章に語られるエルサレムへの最終警告への備えとなっています。
13章前半では、まず男の偽預言者たちの姿が描かれます。彼らは「平安がないのに『平安』と言って」民を惑わしました。今も昔も、人は聞きたいことだけを聞きたいものです。自分だけは大丈夫だという正常性バイアスが、主のことばを退けさせるのです。
後半では、女の偽預言者たちに対する宣告が語られます。彼女たちは呪術的な行為によって人心を操り、人々を縛っていました。民は、自分たちの運命を彼女たちの占いやまじないによって決めようとしていたのです。
14章では、それらの偽預言を受け入れる民、特に長老たちの過ちが指摘されます。そして、「そこにノアとダニエルとヨブがいても…救い出すことはできない」と宣告されます。誰かが自分のために祈ってくれるから大丈夫だろうと、安易に考えてはならないということです。各人が自ら主の前に立たなければなりません。
最後に、エルサレムから命からがら逃れて来る者たちを見て、「慰められる」と予告されます。この慰めとは、逃れの者たちの正しさによるものではありません。神が生きておられ、みことばのとおりに、すべてのことを確かな理由をもって行われるお方であることが、改めて確認されるという意味なのです。
<クイズ>13:10で、耳触りの良い偽りの預言は何にたとえられていますか?
1.大理石
2.漆喰
3.アスファルト